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2010年5月31日 (月)

なぜ、ひらがな、カタカナが日本人にとって必要だったのか?

 

表音文字と表意文字という言葉を聞いたことがあると思う。漢字は、木は、木が立っている姿の絵が文字となった例だから表意文字ということになる。ところが、英語や他言語の多くは、表音文字といって、その文字自体が意味を成しているわけではない。英語の tree という言葉自体に木という絵文字はなく、音を表す子音や母音が組み合わさり、文字を形成しているだけだから音を主体とした表音文字ということになる。

 

 

 

中国語を勉強していて、不思議なのは、この表音文字がないために、すべて漢字であらわさなければならない。つまり、ありとあらゆる漢字をよせ集めて、ヨーロッパからやってきた文明を漢字で表さなければならないのである。したがって、その中には、「あれっ」、「まさか」と思うような漢字が使われ、表意文字のはずが語呂あわせの表音文字的な使い方を強いることになる。例をあげると、コンピューターが計算机になり電脳(簡体字でなく申し訳ない)になる。

 

 

 

中国語通訳者はいったいどんなメモをとっているのだろうか?よく通訳者がメモをとっているが、あれは言われたことを全部書いているわけではない。話の要点やキーポイントのみを記号や文字で記しているのである。話されたことは、コピーのように頭の一時記憶装置にRAMに記憶される。だから、その記憶を呼び出すためのコードみたいなものをメモすればよい。ただ、日本語だとカタカナや記号を使うことができるが、中国語の場合はそんな表意文字と表音文字の中間文字は存在しない。漢字で書くとなると大変なことになる。漢字でメモをとってみるとわかるが、表意文字というのはまこと都合が悪い。とにかく、書くこと自体に時間がかかりすぎるのである。書くことに時間がかかるということは、集中力の半分は、書くことに費やされることになり、まこと都合が悪い。やはり中国語通訳者は記号で代替えしているのかもしれない。

 

 

 

日本語の特徴は、この表意文字と表音文字の両方をもっていることではないだろうか?日本語を習い始めの外国人が最初に聞く質問は、何故、日本語ってカタカナがあり、ひらがながあり、漢字の三種類があるのかという質問だ。

 

 

 

ひらがなも、もともとは漢字から発生したことは周知の事実だ。その表意文字がどうして表音文字的な使い方をされ、ひらがなになったのだろうか?もともと漢字は中国文化に由来する。留学生である遣唐使が中国に行き、学び持ち帰った言葉だったはずである。ひらがなもカタカナも歴史は古く9世紀より古くさかのぼるようだから、もともとは漢字をどう日本語で読むかということが語源だったと聞いている。鎌倉時代を見てみると、どうも漢字で書かれた文章が高級で、ひらがなで書かれた文章は、下賤の言葉とみなされたようなふしがある。僧侶や武士は漢字を書けたようだが、識字率は、そんなに高くなかった庶民は教育を受けていない。だから、ひらがなは、漢字が書けなかった人や、漢字を忘れやすい庶民にとっては、聞いた音をそのまま、文字に表せばよいひらがなは、漢字に代わる便利な道具であったに違いない。

 

 

 

歴史的に見て、すべての文明が中国文明だけであり、交易が中国だけだったら、漢字だけでことたりたかもしれない。ところが、輸出、輸入という交易を通じて入ってくる文明は、遠くはヨーロッパ文明や、シルクロードを通じてペルシャの文明まで、入ってきている。

 

新しい商品、品物が交易を通じて入ってきた場合、音で品物をさすことはわかっても、それに相当する漢字は何を当てはめれば良いのかわからないことになる。江戸時代に入ってきたカステラやビードロ(ポルトガル語でガラス)を漢字で表すといっても、困難だ。 そこで、ひらがなを用いることになった。 新しい単語数が少ないうちはそれでも問題ないが、産業革命とともに膨大な情報がもたらされるようになると、今度は、ひらがなでは都合が悪くなる。というのは、日本語は助詞「てにをは」がひらがなを使うため、単語と助詞の区別がつきにくく誤解を生みやすい。そこで、外来語をカタカナで使うことが普及しはじめる。

 

 

 

そう考えると、文明の衝突のなかで、言葉が変化し、発展してきたことになる。幕末から明治にいたるまで、なぜあれほどのスピードで文明開化をなしとげることができたか? 文明開化や近代化が日本より遅れてしまった中国との差異には、言葉の問題があったのではなかろうか?

 

 

 

「ひらがな」「カタカナ」という表音文字と「漢字」の表意文字の両方を持つ日本文化が、近代化を受け入れる素地が、そこにあったといってよいのではないか?だから、蘭学から英語へと比較的に短期間で近代化を進めることができたように思う。

 

 

 

それだけの文化をもちながら、まだ多くの日本人が英語を話せず、英語苦手の人々が多いのはなぜだろうか?

 

 

 

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コメント

>それだけの文化をもちながら、まだ多くの日本人が英語を話せず、
>英語苦手の人々が多いのはなぜだろうか?

まず英語が日本に住んでて必須じゃないからです。もしあなたの周りが英語しか理解できず、
テレビや職場も英語でしか使用されていないのなら、あなたは英語を喋る必要があります。
また、日本人が英語が苦手なのは日本語が英語よりも母音数が少ないからです。
そもそもアルファベット26文字だけの英語は同音異義語を無くす為に発音の違いで
区別するようになりました。一方で日本語は同音異義語を漢字の違いで見分けます。

例えば「そうさしてほしい。」と言われたら「操作」か「捜査」なのか一瞬で分かりません。
しかし英語は「Could you operate it?」と言えば「操作してほしい」とすぐに分かります。
明らかに英語の捜査であるinvestigateとは単語も違うし、発音も全く違います。しかし
日本語は「そうさしてほしい。」と言ってきた人物が警察官や刑事でなければ消去法で
「リモコンか何かを操作して欲しいのか」と察することで、やっと理解することができます。

つまり日本語は発音や文法は英語よりも簡単ですが、表記や合理性を考えると
他の言語よりも非効率的なんです。ですので会話だけなら日本語の方が英語よりも
発音や主語を気にせずに伝えることができます。しかし文章だけだと誤解が生まれます。
なので日本語のプログラミング言語がほとんどないのはそれです。コンピュータは
相手の顔や空気を読んで意味は理解できません。文章の情報から読み取ります。
もちろん日本語も素晴らしい言語だと思いますが、学習量から見ても英語より多いし、
おまけに大人になって使わない漢字は無駄になります。

あと「文明開化や近代化が日本より遅れてしまった中国」なんですが、
これは完全に中国人が持つ「中華思想」の問題ですね。中国は古代の
インドから数字や仏教を学びましたが、ヒンドゥー語を覚えて技術を
学んだ訳ではありません。全て中国語に翻訳し、自分たちのものに
することで「中国は世界一優れている」と自惚れました。そうすると
成功体験があるので、いくら日本が近代化を促しても「格下の日本人が
中国に命令するとはけしからん」と耳を貸しません。結果、イギリスに
ボロ負けし、自分よりも遥かに強いイギリスに中国はペコペコするように
なってしまいました。これはアメリカ人も同じで、いくら日本人に「アメリカは
もっと他国に売れるような車を作った方がいい」と言ったところでアメリカ人は
「なぜ自分よりも下の国に直せと言われるのか」と聞く耳を持ちません。
またアメリカのIT産業はすごいですが、アップルやMicrosoft、アマゾンは
その国に合わせたデザインやシステムにしていません。全て自分たちの
価値観を押し付ける形で売り出しています。なのでアメリカと中国が似た
者同士なのはお互いに世界に合わせようとしないところですね。

日本では小さくて品質がいい物が売れると教えても米中はやりません。
なぜなら彼らは元々少数民族を弾圧して国を拡大してきました。つまり
自分たちよりも力の弱い人間に合わせることが出来ません。だから米中が
世界で揉めるのはそれです。むしろ世界が米中に合わせろと思うのです。

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